好奇心

オカルト、ホラー、未解決事件の話題を中心に取り上げる「好奇心」です。

とある登山掲示板に寄せられた遭難体験

 登山と言えば遭難。遭難と言えば道迷い。道迷い遭難は近年増加傾向にあり、最近では五頭連山における親子の遭難死事故が記憶に新しいかと思います。


 初心者はもちろんベテランの方でも往々にして陥ってしまうのが道迷い遭難の不可思議。地図とコンパスを持っていようと気が付けば登山道から外れ、山の中を昼夜問わず彷徨い続ける恐ろしさは筆舌に尽くしがたい。


 今回はそんな道迷い遭難について、とある登山掲示板に寄せられた体験談をピックアップしてみます。

 

 以下、原文ママでお送りします。










【台高】道迷い遭難、迷岳届かず(長文です) 2012502() 19:42


『自戒の念を込めて』


 GW前の絶好の気圧配置、2日間は晴天だ。GWはどうせ仕事だし、ここは溜まった休日出勤を使って日帰りで山でも歩こ。で、どこにしようかな・・・個人的には旧飯高町の町境踏破中だし、丁度『野江股の頭』と『大熊谷ノ頭』の間未踏破だし、ここにしよう。けれどこれだと距離が物足りないから、足を伸ばしてついでに迷岳まで縦走だ。一日でなかなかの縦走だ。けどマズイナ・・慌てたので地図の準備が・・・とりあえずネットで打ち出して切り貼りして尾根線だけ作成する(初めての経験)、おっなかなかの出来。これを持ってイソイソと別荘へ。前日はノブちゃんと切ってあった杉の製材、久しぶりに会った山の人達と宴会。オジヤンに翌日の迷岳下山口までのお車でのお迎えを頼むと快いお返事、『まああの尾根は電波OKだろうからまた電話しろ』とのこと。何もかも上手くいくときはトントン拍子に進んでいく。


【日付】2012年4月24日・25日

【山域】台高山系(野江股の頭~白倉山~大熊谷の頭)

【天候】ほぼ快晴

【ルート】

1日目:江馬小屋林道終点登山口(705)~滝見尾根(1000)~野江股の頭(1200)~白倉山(1440)~八景山?(1530)~ビバークポイント(1730

2日目:ビバークポイント(500)~白倉山(820)~大熊谷の頭(1000)~林道終点(1030)~水場(木下作業場)(1130)~林道入口(1200)~江馬小屋林道入口(車デポ地)(1230)~森診療所(1300

【メンバー】単独(雨子庵)


 当日、快晴を約束してくれる霧の朝。車で江馬小屋林道へ。奥は崩落のため橋の前に駐車。

 ダウンベストどうしようかな?おいおい今日は名古屋夏日だぞ、そんなのもってってどうするの?そうだな置いてこ。


 20分ほど歩き半分だけ残った赤い橋をおそるおそる渡る。斜面に取り付いたそのとき顔前にいきなりシカの死体が。うわッ。まだフレッシュなオスだ。ツノ取ろうかと思ったけど、まあ明日のお楽しみにでもと考えスルー。


 そして簡単なルートガイドが目に留まる。


「左登山道、右バリエーションルート、上級者向き、滝見尾根」


 そういえば去年は左を行った。まあだとしたら今回は上級者向けだよな。躊躇なく右へ。てっきり江馬小屋と野江股の真ん中の尾根をダイレクトに登るくらいだろうと考えていた。行くにつれ右にドンドントラバース。やがて徒渉のポイントが。対岸にルートテープ、トラロープも見える。川は前日の雨で増水濁流。


「エーッこれ渡るの」


 戻ると1時間のロスだ。覚悟を決め靴を脱いで徒渉。歩き続けると右斜面、野江股谷左岸の斜面をドンドン登るスタイルになる。


「待てよ・・・そういえば風折滝が見えるポイントがこの上にあったな、まさか滝見尾根って」


 後の祭り、深く考えず入り込んだミス、かなり遠回りだ。やがて尾根に。しばらく行くとホントに風折滝が見えた。


「おー綺麗だ」


 写真撮ってると人の気配。後ろから単独行の人が来てびっくりする。先方も同じ気持ちらしい。


「エッここ初めて?初めてでこの尾根に来たなんてヤマカンが強いんですね」


 と言いながらもイロイロ親切に教えてくれる。しばらく行くと高滝と風折滝が同時に見える。いや~道間違えたけど来てよかった。


「野江股の頭まで行くと展望ないからこのへんでヒルメシ食いましょう」


 とのお誘いを丁寧に辞退し、「野江股」ピーク(1270m)で一人でメシに。実はきのうSA焼き鯖寿司なるものを買っていて、見られるのも少し恥ずかしかった。「今日のヒルメシ1100えーん♫」などと歌いながら食べる。


 先程の方が追いついてきて、大熊谷の頭まで行く予定であったが、江馬小屋出合いの橋も流されているので、ここで降りるとのこと。今からだと迷岳までは時間的に無理ですよと忠告受ける。私自身ももはや半分諦め、とりあえず大熊谷の頭までは行こうと思いますと答える。迎えがくるなら一緒に行っても良いと言われたが、ケータイが電波OK印なのに何故かつながらない。迎えは不確定ですとしかこの時点では返答出来なかった。


「いずれにしてもここから大熊谷の頭までは3時間かかるよ(この人はホントに詳しかった)気を付けてね」


 しばらく歩くと一瞬ケータイがつながる。


「オジヤン、遅くなってもいい?迷岳か大熊谷の頭(庵の谷林道)か。また電話します」


 この時点ではほぼ庵の谷下山しかありえない時刻であったのになぜここではっきり決断しなかったのだろう?


 次の小ピークまで1時間かかった。


「やっぱりけっこうかかるな」


 晴天で喉も乾く。普段なら1ℓのペットボトルで済むくらいなのにお茶の消費も激しい。あと200ccくらいか。オジヤンに電話連絡。


「庵の谷に降ります。すいませんけど飲み物も欲しいです」

「水くらい自分で調達しろよ(そのとおり)」


 白倉山(1236m)辺りが今日唯一の注意箇所か。地形図で見ると、ピークに立ち左へUターンするように次への登山道が続いている(実際はピーク手前で縦走路が大きく湾曲し、ピークはルート上になくはみ出ている感じ)。


http://watchizu.g.jp/watchizu.html?long ... 7581868164 

(貼り付け技術未熟のため地図見れないかもしれません)


 その白倉山にあっさり着いた。キョロキョロ見るも左に道は無い。ああここでなんというミス。


ここは白倉山ではないぞ、ときどきあるんだこういうデタラメ山名板が。さあ急がないと


 哀れ、直進し何も考えず古ヶ丸山方面へと入り込んでしまった。だいぶ昔宮川村から入って、古ヶ丸山までは登ったことがある。


「間違ってもあっちは行かないようにしないと。確か古ヶ丸山から白倉山の登りはきついと書いてあったな」


 尾根を歩きながら見ながらずっと思っていた。その白倉山から古ヶ丸への下り。いきなりフェースにザイルがはってある。


「なんだ縦走路なのに結構きついな」


 何も考えていない。


 次の小ピークにうっすらと「八景山(?)」の山名板が。


「ああやっと白倉山だもはや理解不能の思考早く左に曲がる道を探さないと」


 見ると左支尾根に点々とルートテープが(多分沢屋さんの)。


「ほら~俺はヤマカンがいいんだから」


 おそらく1064の尾根。下り始める、ドンドン下っていく。


「おかしい、1000m前後の尾根歩きなのに」


 正面に見える稜線は滝見尾根だと思い込んでいた(ホントは迷岳の尾根線)。しかも対岸正面に大きな滝(大熊谷の魚止か不動滝?)、その右には黄砂に霞みながらうっすらと林道(口迷岳直下の林道)が見える。はるか下流に巨大な砂防堰堤も見える、何故か上流向けて存在しているようにも見える。


 江馬小屋のあんなとこに林道あったけ?あるわけが無いよな?だんだん不安が大きくなっていく。ただケータイははっきりつながる。


「オジヤンゴメン、道を間違えました。ただ江馬小屋には降り続けてます。下の川も見えてます」

「江馬小屋の辺はイワクラが多いから無理はするな」

「わかりました」


 下り続ける。太陽が沈みかける。先が分からなくてイライラしてくる。そんなとき靴紐を枯れ木に引っ掛け、つんのめる。クソッと無理やり取ろうとしたら、木が左足ふくらはぎに突き刺さった。


 サクッ


 ホントに軽い音。「アッ」と思って見るとスポーツタイツを通して血が脈打つように吹き出している。


「ああ、血管切ったな」


 傷口を見るのは怖くて止めた。手で抑えると黒い手袋が血でドンドン濡れるのが触感、におい、妙な温かさでわかる。手ぬぐいで圧迫止血だけ試みる。タイツも靴下も黒でよかった、精神的にやられずにすんだ。


 やがて標高666mで断崖絶壁に遭遇進退きわまる。オジヤンの電話が圏外だ(江馬小屋で待機してたらしい)。この少しの間に少しずつ冷静に。同じく山の先生のノブちゃんに電話する。


「スイマセン現在地不明です。道に迷いました。ビバークします。俺は冷静です。ここから見える風景は、真北の対岸に大きな滝。下の川は西から東に流れてます。はるか下流に大規模堰堤が見えています。電池の問題があるのでケータイ電源切ります。オジヤンに伝えてください。ご迷惑をおかけします」

「わかった、気をつけろ」


 この内容でオジヤンは俺が白倉山を直進したこと、宮川に下山の可能性ありと周りに説明をしたらしい。


 さあ、ビバークと決めたら早速泊適地を探そう。運良く針葉樹の天然林、頭上にもこんもりと葉がある。コウヤマキ?の落葉はベッドみたい。冷気を防ぐために山側に大きな岩があるとこ探して、仮の宿。止血の手ぬぐい締め直して(イテテッ)、痛み止め(ロキソニン)飲んで。


 現在の服装はモンベルTシャツに、モンベルのパンツにワコールスポーツタイツ、ファイントラックの夏用のズボン。これに加え着込めるものはモンベルのラガーシャツ、カッパの上だけ(ストームクルーザー)、ご当地今治のタオルマフラー、これは首に巻いた、なかなかあったかい。ちなみに止血に使っている手ぬぐいそしてタオルマフラー以外は全て化繊。ダウンベスト置いてきたこと悔やむがまあ仕方ない。今はまだ暑いくらいだ。


 残りの食料がミニあんぱん3個、栗まんじゅう1個、お茶100cc程度、ハイチュウ、チョコレート。食欲はゼロ。


 現在18時、明日の朝までの時間を1821212403時と3つに分けた。この中でどこかで寝れれば。明け方35時は寒くて寝れんだろうし。ザックをマット替わりにし猫のように丸くなって横たわる。丁度ラジオでナイターをやっていた。


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仮の宿。針葉樹のマットが快適だった。


 そのとき、はるか下流方向でライトが見えた。ドキッとした。車のライトだろうが、一応期待をしてこちらからもヘッドランプをかざすがどう考えてもあんな距離まで届く訳がない、止めた。この行為の後、一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、俺はここで終わっちゃうのかなと思ったがこの考えはすぐやめた。


「道に迷っただけだ、元来たとこ戻れば済むだけだ」


 ナイター聴きながらウトウトする。ドラゴンズ負けてガッカリ。その頃空腹感が襲ってくる。ハイチュウを食べる。唾液も出てきて口も潤う。


「ハイチュウって世界イチ美味しいな」


 次にチョコ。


「チョコは宇宙イチだ」


 ラジオと時々のハイチュウとチョコとウトウトで適当な時間が流れていく。この適当がよかったのだろう。途中ビックリするような冷気もあったが、しのげた。こんな寒いのによく寝るなと感心した。


「シカに顔踏まれたらえらいことだ」


 変な心配を何故か真剣にしていて、ときどき近づく動物の気配には敏感に反応し、そのたびガバっと上半身をおこし、セキ払いで応戦した。相手が何かわからないのは怖かった。


 朝、鳥の声で目を覚ます。


イカイカン5時だ」


 朝メシあんぱん2個食べて出発。

 白倉山(1236m)へと、降りてきた尾根を忠実に登り返す。6時オジヤンに電話。


「8時頃に白倉山に着きそうです。そのときまた電話します」

「お前は宮川におるぞ」

「はい現在地も何となく分かってきました。白倉に着けばそのまま下山出来ます」(その後尾根線では一切ケータイは圏外だった)


 白倉山着。


「疑ってゴメンナサイ赤いポスト」


 ピークの向こうにあっさりと大熊谷の頭(1190m)への道は見つかった。


 徐々に脱水症状らしきものが始まる。下りはいいのだが、登りになると心臓だけがバクバクして足が上がらない。ここでケーレンとか起こすわけにはいかない。残り少ないお茶を舐めるように、ホントに舐めるほどの少量ずつ口に含む。


「そうだハイチュウだ」


 ポイッと口に含むが、唾液が全く出ない。コロコロしたハイチュウが口の中で転がるだけ。


「あんなに世界イチ美味しかったのに・・・それにこれは何味だ?」


 大熊谷の頭、最後の登り約100m、少し登って、ガクっと膝を付いて、腰を下ろして空を見上げる高度計を見る。10m登っている。


「これでいい、これを10回やればピークだ」


 ダンダンピークが見えてくる。オジヤンと山に行ったとき、俺が登りがきついきついと文句を言うと、「山は頂上に近づくとなだらかになるんだ」と言われたことを思い出す。もう少しもう少し。頂上だ、助かった。30分後には林道着。


 ここからは林道を水を求めてひたすら下る。途中で側溝に緑がかった溜まり水があったが、ウ~ン、大腸菌感染とかあとが面倒だぞ。理性が勝った、スルー。なんだかんだで山の人(木下氏)が作業場としている川の横に着いた。ひたすら水を飲む、頭からかぶる、残っていた栗まんじゅうを食べる。少しホッとする。ただいくらウガイしても口の中のネバネバは治まらなかった。木下さん、休憩場所お借りしました。次はオジヤンに連絡しないと。江馬小屋の車へと気持ちは急ぐ。


 途中運良く上流から軽トラが降りてくる。初めてというくらい車の正面に立ち懸命に手を振って止める。


「すいませんオジヤンを知ってますか?」

「モチロン知ってるよ」

「実はわたし遭難してました。無事下山をオジヤンに電話して欲しいのですが。ケータイが残念ながら圏外で」

「それよりもお前を車のところに連れてくほうがいいだろう。とにかく乗れ」


 車をUターンして江馬小屋に送ってくれた。


「ケータイはダムの橋の手前のところでつながるから」

「ありがとうございました」


 いつものように車が出るのをお見送りしていると、「(見送りは)ええから早く車をだせ」と言われた。そりゃそうだ。


 オジヤンに電話。オジヤンもさっきまでこの辺に待機していたらしい。『森の診療所』に寄って後で挨拶に行きますと伝える。さあ、ケガの治療だ。先生の前で初めてタイツを脱いで想像以上の傷にビックリ。肉がそげ落ちて、傷の深さがみえない。よく止血出来たな。


「まあ静脈は止まるよ。ウンウンこれは治るよ」


 とりあえず仮縫いで2針ほど縫うことに。ボーっとしている俺を何度も気遣ってくれて「大丈夫か?」と声を掛けてくれる。先生としては、術中に体調を崩したのではと考えていたらしいが、俺はパッカリ開いた傷口にズンズン突っ込まれている血染めのガーゼを見ながら、それまでに起こったことをボンヤリ考えていた。そして少しずつ先生に自己紹介や今回の経緯の説明をし、オジヤンやノブちゃんの話で盛り上がっていると唐突にオジヤンが自分の家のように普通に診察室に入ってきた。


「なんや、診療所に寄ると言ってたから、点滴でもしてるかと思ってたらケガしてたんか・・・」


 一気に泣いてしまった。


「ゴメンナサイ、すいませんでした」


 緊張の糸が音を立てて切れた瞬間だった気がする。






 あたかも読んでいるこっちが遭難しているような臨場感でしたね。看板の読み違いから道迷いは始まり、冷静さを取り戻して足を止めるのは、断崖絶壁に遭遇し進退窮まったあと。

 まさに時既に遅し。道迷い遭難の恐ろしさはそこにあります。焦りが通常の判断力を鈍らせ蟻地獄へと迷い込んでいく。


 この方の場合、最低限の野営装備を持っていたこと、ラジオがあったことで冷静さを保てたこと、そして翌日は冷静に来た道を戻れたことから、最小限のダメージで済んだのではないでしょうか。


参考:http://www.yabukogi.net/viewtopic.php?f=4&t=910&sid=46d3db690815229ac93ab77addfae504